手で触って見る。アーティストの想いに最新技術と探求心で挑んだ、写真の新しい楽しみ方。
目が不自由な人でも、手で触ることで作品を見ることができたら…。そんなマリー氏の想いをかたちにするために挑んだ今回のプロジェクト。完成までの軌跡を、キュレーターの天田さん、美術家の光島さん、日本アグフア・ゲバルト株式会社の花摘さん、当社プリンティングディレクターの石橋、4名の対談で振り返ります。
左から、キュレーター 天田さん / 美術家 光島さん / 堀内カラー 石橋 / 日本アグフア・ゲバルト株式会社 花摘さん
左から、
キュレーター 天田さん / 美術家 光島さん / 堀内カラー 石橋
/ 日本アグフア・ゲバルト株式会社 花摘さん
立体的にインクを盛れる
特徴を活かして、
「触る感覚」によるアート的な表現が
できないか?
- KYOTOGRAPHIE 代表 仲西氏 -
天 田
私がマリー・リエスに会ったのは昨年の11月パリフォトでした。そのときすでに今回の「KYOTOGRAPHIE」への出展が決まっていて、マリー・リエスが10年間撮り続けていた盲学校の生徒さんたちの写真を、今回の『VISION』というテーマにマッチさせる構想があり、その当時パリにいた私とマリー・リエスを、ルシール・レイボーズと仲西が引き寄せるカタチでプロジェクトが組まれ、今回の企画やキュレーションを担当することになりました。
石 橋
実は去年、堀内カラーにルシールさんと仲西さんがお見えになったときに、アグフアさんの「JETI MIRA」という最新技術を搭載したプリンターをご紹介したんです。そのときに、立体的にインクを盛ることができるこのマシンの特徴を活かして、「触る感覚」によるアート的な表現ができないかなという話が出たんです。それで、次にお会いしたときには、写真を「触って見る」という具体的なお話をいただきました。ただ、私も初めてのことだったので、正直どうつくればいいのかわからない。初めてお見せしたテストプリントは、今にしてみるとかなり無頓着なものだったと思います。そこで、全盲の方からの貴重なご意見として、美術家の光島さんと、国立民俗学博物館准教授の広瀬さんからいろいろとアドバイスをいただきながら、少しずつ前に進んで行った感じでした。
天 田
今回はコロナ禍ということで打ち合わせはビデオ会議で行わせていただきましたが、堀内カラーさんでは、たくさんの方がかかわってくださり、光島さんや広瀬さんにも毎回2時間以上にわたる会議に幾度となく参加いただいて、本当に皆さん根気よくお付き合いいただき感謝しています。
石 橋
会議で光島さんや広瀬さんにお話しいただく内容は、発見の連続でつねに話に引き込まれてしまう。だから、お話しを伺うたびに「こんなことがあるんだ」「こんなこともあるんだ」という感じで、2時間という時間も全く長く感じることはありませんでした。
光 島
今回使用された機械の名前をもう一度教えてください。今まで僕が見たもののなかでは一番いい感じに仕上がっていてビックリしたもんですから、その機械のことについてちょっと興味があります。
花 摘
JETI MIRA(ジェット アイ ミラ)と言います。私はこの機械を取り扱う会社の花摘と申します。我々の会社はアグフアゲパルトと言いまして、たぶんカメラや写真に携わっている方にはフィルムでご存知いただけているのではないかと思います。我々はもう20年前くらいからUVインクジェットのビジネスを始めていまして、今回使っていただいたのは、私どもの最新のUVインクジェットプリンターで3年ほど前に発売を開始したものになります。UVインクのインクを盛り上げられる特徴を活かして、今回のようなエンボス加工など新しい表現ができるということで、今国内で提案させていただいています。
手にやさしくて長く
読んでいても嫌にならない。
今まで触ってきたものとは、
ちょっと違うなと思いました。
- アトリエみつしま Sawa-Tadori代表 光島氏 -
光 島
UVインクの印刷で盛り上げたものを触る機会は、今までにも何回かあったんですけれど、これは今まで僕が触ってきたものとはちょっと違うなと思いました。もう20年近く前から見るというか、触っているんですけれども、ちょっと今回のものはかなりいい感じに仕上がっていたので、機械の性能がかなりアップしたんだろうなと思いました。
花 摘
盛り上げるというご指摘のように、UVインクというのはもともと盛り上げられる特徴はあるんですけれども、今回、堀内カラーさんにお使いいただいた機械は、すごく速くて、しっかり高く盛り上げられるという特徴があります。インクを盛る高さについても、厳密に0.3mmとか0.4mmというのは難しいのですが、少な目、多め、中間という具合に量の調整は可能です。
光 島
今まで触ったものは、ほとんどが輪郭線を、線を盛り上げるか、中のベタの部分を全体的に盛り上げるというだけのものでした。今回のものは高さが、たぶん3段階くらいに調整できていて、インクを盛り上げた上にさらに盛り上げることでハッキリとかたちができていたり、ザラザラした触感であるとか、ツルっとした触感であるとか、手触りにも変化がつけられていて、こういうのは初めてだと思います。そのことですごく表現の幅が広がっているように感じます。
花 摘
実質的なことでひとつ付け加えさせていただくと、確かに今までUVで盛り上げる場合は、盛り上げるか盛り上げないかというのを0(ゼロ)か1(イチ)かでやっていたのですが、今回の機械はいわゆる連続調で盛り上げができるんです。そのため展示作品なども、前は柱状に盛り上がっていたものが、凸レンズのように丸く盛り上げることができるんです。
光 島
あ、それで読みやすいんですね。手に痛くないんですよ。やさしいというか、紙に打った点字にちょっと近い感じ。今までのものはカドが立っていて、ちょっと突き刺さるような感じがありました。長く読み続けるのにもちょっと痛い感じがして、長く読んでるとちょっと嫌だなという気になったんですけれど、今もう一回読んでみましたけれど確かに丸いです。
インクを盛った状態から
間引いていく。
わかってきたのは、
版画のように
引き算をすること。
- 堀内カラー 石橋氏 -
石 橋
我々は最初、そのことがよくわかっていなくて、エッジ感があるほうが触ったときに感じてもらいやすいのかなと考えていました。最初のうちはインクを盛ったところに、さらに盛り込んでいくだけという感覚でしたが、いろいろとアドバイスをいただくなかでわかってきたのは、盛り上げるものと引くものと、両方が必要だということ。極端なことを言うと版画と同じような感じで引き算をしながらものをつくっていく感じです。実際には調整レイヤーを何枚も重ねていって、 そこから引き算をしていく(レイヤーを外していく)ことで、光島さんたちがおっしゃる感覚に近づけたように思います。
光 島
理屈的なことはわかっていませんでしたが、テストプリントを重ねるうちに、滑らかになっていったり、ごく自然な盛り上がりの感じになっていったり、なだらかな感じのところはなだらかになっていっているのを感じていましたが、そういうことだったんですね。お話を聞いて謎が解けました。
石 橋
この作品においては特に光や影の表現が難しかったですね。私たちが光や影を見るときは実際に光源をあてて見ているので、レリーフのようにきれいにフワッと浮き上がるものもエッジが立っているんですよ。そのエッジ感を丸くしてしまうと、光をあてたときの仕上がりが鈍くなってしまう。そう思うのは、自分たちが目で見てしまっているからなんです。このように、どこがどういう感覚になるのか理解できなかったので、会議では光島さんたちの具体的なご意見を細 かくメモして、少しずつ感覚をつかんでいきました。
花 摘
私もデータを拝見して、この盛り上げデータをつくるのには、かなりのご苦労があったんだろうと思います。
石 橋
それを理解していただけると嬉しいですね。
光 島
今までも絵画とかだったら僕もいくつも触っているんですけれど、写真はなぜなかったかと言うと、おっしゃるように影の部分や光の表現をどういうふうに処理したらいいのかが誰にもわからなかったんだと思います。僕にももちろんわからないんですけれども、そこに挑戦していただいたことは、今回すごく大きいことだったと思います。
天 田
以前、光島さんと絵画や彫刻の鑑賞をご一緒した際、影や光の表現はそれぞれコンセプトが違って、特に影を表現するのは難しいとおっしゃっていたのを覚えています。今回の作品でも、光が黄色いソファにあたってグラデーションができ、きれいに黄色が発色している写真があるのですが、その部分の感覚をご説明いただくとき、ご自身の光のイメージをはっきりとお持ちで、「こうしたほうがいい」とアドバイスを伺うと、目で世界をとらえている私たちと、まったく違う感じ方で観賞されていることに気づかされました。光島さんのアドバイスと、それを受けてより良いものへと近づいていくその過程をとても興味深く見させていただきましたが、石橋さんたちがいなければ、この展示、この作品はできていなかったと本当に感謝しています。
石 橋
ありがとうございます。これでひとつステップは完成したと言えるのかもしれませんが、また次のステップが出てくると思います。我々も正直に言うと、ここまではいろいろ教えていただきながらなんとかたどり着きましたが、この先何ができるのかと言うと、正直何もわからない...。やっぱりまだまだご教授いただきながら、この先に進めることがでてくるかもしれませんので、またお付き合いいただけますと有り難いなと思います。光島さんにもぜひよろしくお願いしたいと思います。
光 島
たぶん今回は、影の部分を削除していく感じで仕上げていると思います。光の部分については面白い試みをしていただいているので、影の手触りと光の手触りについてテクスチャーとして決めていただくと、表現がもうちょっと広がるように思いました。
天 田
素材については、写真のなかで肌がこういう質感で、髪の毛はこういう質感でというのを最初から手探りで決めていったので、そこからの長い道のりを思うと、本当にもう感動しかありません。
石 橋
今思うとあっという間に過ぎた感じですけれど、スタートから考えるとすごく長い時間をご一緒させていただいて。開催が延長になったことのタイムラグのなかで非常に得るものが大きかったと思います。もし春に間に合わせようと、時間優先でやっていたら、また違ったカタチのものができてしまったことでしょう。でも、時間をかけられたことによって、これだけのものができました。さらに時間をかけることで、また次のステップに行けると思います。
天 田
昨日はプレス内覧会だったんですけれどもすごい反響で、「こんなの見たことない」とほとんどの方が興味を示してくださいました。
光 島
この作品は、目が見えない人が触って楽しんだり喜んでくれるのはもちろんなんですが、目が見える人が触っても面白いんじゃないかなと思いました。この作品を通して、目が見える人にも触って見ることの面白さが伝わり広がっていくという期待を持っています。
自分が撮った写真に、
被写体の子どもたちが
実際に
触れることができるのは、
本当に感動です。
- マリー・リエス氏 -
花 摘
マリー・リエスさんの作品をこういうカタチで表現したのは今回が初めてですか?
天 田
UVインクで表現したのは初めてです。マリー・リエスが盲学校の子どもたちに撮った写真を見せるという取り組みは、その写真を通して生徒たちと語り合うところから始まりましたが、彼女には実際に写真に触って自分の存在を確かめてほしいという強い想いがありました。そこで版画の先生に相談して、写真を彫って凹凸をつくって紙をはさんでエンボスプリントにするという原始的なやり方で、さらにそれをもっとわかりやすくするために、シンプルなバージョンの版画の表現と、ディテイルをもっと忠実に表現したものを2段階で見せるという手法で、生徒さんたちと触る写真をつくったことはあるそうです。今回のようにラボでプリントをするというのは初めてで、今回はマリー・リエス本人が確かめることができなかったので無念だったとは思うのですが、展示の様子を映像で見せたら、本当に感動していました。
光 島
さっきコロナ禍で開催が延びたからできたというお話がありましたけれど、こうした作品づくりにおいては、他でもテストプリントみたいなものをモニタリングさせてもらうことがあるんですけれども、ほとんど1回きりなんですよね。1回触って「どうですか?」と聞かれて、次は完成版となることが多いんですけれども、今回は何往復したんですかね。3往復~4往復はしてますよね。いやもっとかな。
石 橋
そこにはやっぱり我々としてもどうしていいかわからない部分があったりして、お願いをして確かめていただきたい。やるからにはやっぱりきちんとしたカタチにしたいという思いがあって、ですから無理にお願いをしているところもありました。
光 島
いやいや、ここまで付き合っていただけるのかということで僕は感動しました。まあ適当に触れればいいや、みたいな感じでできあがっているものが多いんですよ。もうちょっとここ、こうしてほしかったなというのがあっても、それはもう後の祭りというか、できあがってしまっていることが多かったので、今回みたいに何回もはじめの段階から見えない人に見せてもらいながらやるっていう進め方はとても良かったと思います。
石 橋
コントロールする天田さんの力が非常に大きかったですね。飴と鞭を上手く使われて(笑)。
天 田
私自身も、いいものをつくりたいという気持ちで、もっといいものを、もっといいものを、と求める力が自分の中にあって、それにお付き合いいただき皆さんには本当に感謝しています。本当に一人ひとりのプロジェクトに対する強い思いがあって、毎回電話会議のあと、自分ひとりで感動していました。
石 橋
今回の制作においては、皆さんが会社の中の枠を超えて、それぞれが会議の時間に集まる。その前にまず下打ち合わせをしておいてからテレビ会議に入って打ち合わせをして、そこでさらなる課題を持ち帰り、それぞれの与えられた仕事をして、また持ち寄ってということを繰り返しました。今回のような経験は我々にとってもいい財産になりますね。
Profile
天田万里奈 (キュレーター)
天田万里奈
(キュレーター)
慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、ゴールドマン・サックス証券に務めたのち、
Institut d’ Ētudes Supērieures des Artsでの修士課程を経て、アート企画活動を開始。
自身が生活基盤を置いてきたフランス、アメリカ、日本を中心に活動。手掛けた美術展に、医療従事者に捧げるパリの25人の作家によるグループ展「BHT」のキュレーション・企画立案(Galerie 5、2019年)、 Weronika Gesicka「What a Wonderful World」のキュレーション (KYOTOGRAPHIE&TOKYOGRAPHIE、2019年)、泉太郎「PAN」(パリ、パレ・ド・トーキョー、2017年)制作コーディネーション、ジョージ・プレクト、クリスチャン・マークレー他グループ展「Seuils de Visibilitē」(フランス国立美術館 CNEAI=、2016年)のキュレーションなどがある。KYOTOGRAPHIE2019 では運営統括としてマネージメントの指揮をとる。
光島貴之 (美術家)
光島貴之
(美術家)
アトリエみつしま Sawa-Tadori代表。10歳で失明し全盲となる。1992年に作品制作を開始。「さわって面白いものは見ても面白い」と考え、視覚以外の感覚を用いた「さわる絵画」や「触覚コラージュ」のような新たな表現に取り組む。「さわる写真」が展示されるギャラリーは「Sawa-Tadori」といい、その名前には、さわってたどることで、ものやもののつながりを知覚し、ひろいところに出られるという光島の思いが込められている。
花摘孝明 (日本アグフア・ゲバルト株式会社)
花摘孝明
(日本アグフア・ゲバルト株式会社)
グラフィックシステム事業部 マーケティング本部 インクジェットグループ プロダクトマネージャー
2007年、日本アグフア・ゲバルト株式会社に入社。現在はワイドフォーマットUVインクジェット製品の営業・マーケティングを担当する。同社製品を使って、UVインクジェットの特長を生かした付加価値の高い印刷表現をサインディスプレイ会社へ提案している。
石橋泰弘 (堀内カラー プリンティングディレクター)
石橋泰弘
(堀内カラー プリンティングディレクター)
写真作家の意図を汲み取り、その思いを表現する上で最適な紙を選び、色彩を調整する。長年培った知識と経験で作品制作でのあらゆるニーズに応える堀内カラーのプリンティングディレクター。社内外から絶大な信頼を受け、名だたるアーティスト作品も数多く手掛ける。
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